「二月に入ったらお父様のおっしゃる寝ぼけた谷にまいります」
「やはり行くのかあの谷に、行って自分の目で確かめたらいい。わしも何度か行ったこと がある朝倉のちょっと美しくちょっと眠たくなる普通の谷だ」
「そのちょっと美しくちょっと眠たくなる普通の谷で桜が、盛りの姥桜が毎年一本ずつ理 由もなく挽き殺されているいると聞きますが何故ですか」 
「生贄だ。選ばれたものが生贄になる」
「生贄? 何のために血の犠牲が……」
 呑めと差し出された盃を一息で空けた市蝶に頷いた久政が言った。
「祭りがいるのだ血がたぎる。澱んだら腐るだから生贄の血を糧に、生贄の苦痛を刺激に たぎらせ流れ続けなければならない。一乗谷の桜木の血も砂丘の上で流すヒトの血も同じ命の水なのだ。砂丘の上で流す血と同じだけの苦痛を一乗谷の桜木は背負わなければならない。生き続けるための命の水だから時をかけゆっくり挽かれる。咲き始めた一輪から散る花びらの最後の一枚までゆっくりと。そしてその時一乗谷は劇的に変わる。一乗谷はたぐいなく優美になり、たぐいなく穏やかになり、たぐいなく豊かになる。あたかも挽く者は挽かれる苦痛をも自身の体で払わなければならない定めを生むために」
  
 
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