一乗谷
 永禄十一年(一五六八)二月十四日。 朝六つ半。
小谷を後にして四日目、一乗谷を目指して西光寺を発つ。
 夜の闇を突き次々にクルッと返る満開の桜花により、一乗谷に霊送りされたお市の方と お徳の抜け殻が馬上で揺れているのを見て見ぬふりをしていた冶重郎は、一乗谷の挽かれる姥桜も一夜にして満開になりもはや散り始めているに違いないと思った。
 一乗谷が近づくにつれ憂鬱になってきた市之介。
 一乗谷の風を涼に感じいよいよと逸る気持ちを抑えきれない光秀。
 一乗谷の視線をあびる姿を感じ揚々と胸を張るお菊。
 白馬が嘶き天に向かって竿立った。
 纏が倒され中間が馬簾を巻いた。
 駕籠から降りたお局が羽織を脱いだ。
 風が吹き始め引き返す誘惑に耐えながら義父久政との話を思い出していた市蝶。